添暖(ハルヤ)のプロフィール

「あなたはいたって普通に見えるのに、
ホームレスまで経験しているなんて…。
波乱万丈な人生を送っているとは思えません!」

出会う人出会う人によくこう言われます。

地獄のホームレス生活から
もう10年が経ちますが、
まだまだ心や生活の再建は途中です。

こんにちは。添暖です。

北海道出身の45歳。

広汎性発達障害とADHDを持ち、
約20年間うつ病にも悩まされてきました。

極度のあがり症でも、寂しがり屋なので
いろんな人と関わりたいと
様々なことにチャレンジしてきました。

でもコミュニケーションの取り方に独特なものがあって、
思うようにいかずに人間関係に悩み、
仕事も結婚も長続きはしませんでした。

現在は就労継続支援の事業所に通い、
体調も落ち着きつつあるので、
今までとは違う形で生計を立てられないかと奮闘中。

22歳頃…就職氷河期とうつ病の発症

就職活動は就職「超」氷河期で、
何十社も面接を受けるのに、ひとつも内定をもらえず、
書類選考すら満足に通りませんでした。

ゼミでの卒業論文作成にも手こずり、うつ病を発症。
めまい、動悸、右手右腕が紫色になるほどの血行不良も起こし、
一人暮らしの家はごみ屋敷に。

医者に「あなたは今まで自分を殺してきましたね」と言われ、
生き方を見直すようになる。就職活動を止め、数年静養。

24歳…ご近所サークルを主宰

うつ病が落ち着いて、24歳の時に
「いじめられっ子だった
10代の頃にできなかったことをしよう
友達をたくさん作りたい!」と強く感じました。

当時流行っていた
コミュニティサイト「ご近所さんを探せ」内に
いきなり1人で
アウトドア・飲み会サークル「novelty(ノヴェルティ)」を立ち上げ、
タウン誌にも募集を掲載、累計50名を超える人数を集めました。
活動は約3年間。

30代…借金生活と繰り返す転職

サークルでは天然ぶりを発揮して
コミュニケーションを取ることができたのに、
仕事では常に緊張状態が続き、
ストイックで独特な感情表現と、
要領の悪さや相次ぐミスが災いして常に人間関係に苦しみました。

ドラッグストア・携帯電話ショップ・
認知症グループホームでの介護職など、
数年での転職を繰り返します。

一番の辛さは「一見するとできる人に見えること」。
できない、苦手ということを正直に表へ出すのが得意ではなく、
一瞬にして信頼を失ってしまうことも少なくなかったです。

またサークル運営の頃から借金を重ね、
月収20万円程度の収入で、
500万円を超える借金に悩まされることに…。

親族、友人、交際相手、職場仲間には一切漏らすことはなく、
交通費を捻出できず、
飲まず食わずで片道2時間以上かけて
徒歩で通勤を重ねたこともあります。

体重は67kgから48kgに激減、
うつ病もこの間2度再発し、3か月の休職も経験。

34歳…ホームレス生活に転落

借金を隠したまま結婚するも、
結婚式も挙げられないほど
手持ちのお金がないのは明らか。

1か月後、隠し通すことはできないと観念。
詳細を話していき、
「うつで体力を奪われ、自分のコントロールができない」
と悲鳴を上げるのに対し、当時の妻は
「どんなにうつについての本を読んでも、
うつ病の人の考え方は理解できないし、
する気もない」と一蹴。そのことに呆然となり絶望。

双方の両親も妻の味方となり、
自分の父親からは
「おまえは勘当だ、
二度と我々にかかわらないでくれ」と言われ絶句。

憔悴しきって家を無言で出ていき失踪、音信不通に。
山奥で自殺を図ろうとするも結局未遂に。

戻るあてもなく、ひたすら住宅街を歩いて、
深夜は公園で野宿を繰り返す
ホームレス生活を過ごし、NPO法人に保護されました。

35歳…発達障害と初めて診断される

離婚裁判で判決が確定したことを受け、生活保護を受給。
債務整理を行い生活再建のため、
日雇い仕事(カフェのウエイターや調理、引越作業やごみ収集)、
選挙の出口調査員やアンケート調査員などを頑張りましたが、
パワハラなどで抑うつ状態が悪化。

精神科を転院したところ、
過去の詳細を問診した主治医からの勧めで検査を受け、
発達障害(当時はアスペルガー症候群)と診断されました。

「できることとできないことに著しい差がある」と聞き、
心が多少なりとも解放されたような気がしました。
しばらくして精神障害者手帳を取得。

40代…長引くうつで続かぬ就労

障害者雇用で銀行の法人営業事務の仕事に就き、
生活保護を脱することはできたものの、
フルタイム勤務はメンタルを酷使し、
発達障害による疲れやすさも重なり、
再びうつ病悪化による休職、そして退職・・・。

しばらくしてもう1社も2か月で退職。

度重なる会社勤めの失敗や、
友人とのトラブルにも悩まされ、
すぐには長時間労働による収入で生計が立てられないと判断。

転院を経て、広汎性発達障害・ADHDの併存、うつの長期化との診断。
アドバイスを受け、就労継続支援事業所での在宅勤務に従事します。

45歳…このままでいいのか?!

なんだか絶望しかない人生…これでいいのか。
諦めきれない気持ちが強くなりました。

再びうつ病が悪化しないか心配しつつ、
自分の本当にやりたいように人生を歩んでみようと心機一転。

心を奮い立たせて引っ越したことから
運気が上がってきたのか、
今までのしがらみを捨てられたのか…
出会う人、お世話になる人、みなさんに支えられ、
今は助けてもらっています。

「自分を大事にする」ことを忘れていると、
良いことって本当に起こらないものですね。

支えてくれるみなさんへの恩返し、
そして第2の自分を作らないために動きたい。

体調と相談しながら行動しますので
応援してもらえたら嬉しいです!


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